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歴史

「天道流」の始祖、斎藤判官伝鬼房(さいとうはんがんでんきぼう)は、常陸国(茨城県)に生まれ、塚原卜伝に刀槍の術を学びました。彼は大勢の門弟の中でも群を抜いていましたが、技の真髄をより一層求め、鎌倉鶴岡八幡宮で百日参篭の行をおこないました。
天正9年(1581年)11月21日の満願の夜、夢の中で、探し求めていた剣の妙技の記された巻物を天から授けられ、「天流」を興したと伝えられています。後に「天道流」と改められました。

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始祖 斎藤判管伝鬼房

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幕末に「天道流」を学び第14代宗家となった美田村顕教(あきのり)は、明治後期から京都の大日本武徳会本部で天道流薙刀術を指導、京都を中心に当流の薙刀術が広まりました。
その後第15代宗家美田村千代は兵庫県の修武館で先代の顕教と同じく薙刀術を指導。1941年(昭和16年)1月、大日本武徳会が学校教育用に「薙刀道基本動作」を制定の際、千代はこれに対し独自に「天道流薙刀術教員養成所 天道義塾」を創立、終戦まで指導に勤しみました。長女の武子が第16第宗家となり、現在の第17代宗家 木村恭子に至ります。

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